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1 月16 日(月) 齊藤祐子氏講演会のご報告

2017.06.26up

2017年1月16日(月)18時半より、西早稲田キャンパス62 号館にて齊藤祐子氏による講演会が行われました。参加者は学生、OBの方々などあわせて90名を超え、大盛況でした。

齊藤祐子さんは早稲田大学建築学科卒業後、U研究室に入室し、吉阪隆正に師事した最後のお弟子さんです。吉阪先生が還暦60歳のときから4年弱の間、U研究室で一緒に仕事をされていたそうです。40年間にわたって吉阪隆正の書籍等をまとめ続けたために、吉阪先生の作品とその根底にある考えにいたるまで熟知されている方であるともいえます。今回は、吉阪隆正先生の生誕100 年と、代表作といえる「大学セミナー・ハウス」の開館50 周年の節目に、吉阪隆正の建築作品を辿りながら、現代も生きる吉阪先生の言葉をお聞かせいただくべく、本講演会を開催いたしました。

冒頭に、齊藤祐子さんは吉阪先生について、「国籍不明で年齢もわからない、地球のスケールを持った人」であると表現していらっしゃいました。これはどういうことだろうか、と、とても興味を惹かれるかたちでお話が始まりました。

最初のお話の中で、「大地はみんなのものであり、住居は個人の自由と集団の利益との境界線の存在であらねばならない」という吉阪先生のお言葉がありました。
そのような理念がよく表れている代表作として、認知症患者のグループホームがあります。1人ひとりの個室という領域がある上で、少人数で共有する領域があり、さらにそれらが重なる領域として食堂があり、全体と接するように中庭がある、というように、領域がいくつも重なり合っている構成になっています。
また、この理念をさらに噛み砕くようにして、U研究室では、「人と人が出会う場所をどう作っていくか」ということを大事にしていたそうです。呉羽中学校では、各教室の中心にホールを設けて1学年が1つの棟で集まり、さらに3棟の中心に中庭を設け、どの教室のベランダからも全体を見渡せるような開放的な空間が1950年代のうちに設計されていました。セミナーハウスにおいても、様々な人数規模のユニットで宿泊棟や講堂の空間を設け、それを大地と呼応させるように緩やかにつないでいく設計がされていました。
これらにおいて、人が段階的に出会うように考え、1つのまちつくりのように建築をつくることを意識していたそうです。

一方で、このような空間づくりの際には、集団で設計することを大事にしていたとおっしゃっていました。
セミナーハウスの象徴ともいえる楔形の本館は、実は模型が何かの拍子にひっくり返ったときに偶然生まれた形だそうで、「これはいける」という感覚をみんなで共有したことが、本館が現在のかたちになる大きな力になったそうです。
ある形を発見するために模型をつくり、手を動かし、議論する、というやり方で色んな人が関わって時間をかけて行う設計のあり方は、建築がまちのなかで段階的に人と人をつないでいくあり方と共通する部分があると感じました。

冒頭の「(吉阪先生は)国籍不明で年齢もわからない、地球のスケールを持った人」という斉藤祐子さんの表現について、私個人としては、「吉阪のつくる、人種や年齢にとらわれない多様なコミュニケーションの空間とそれを生み出す吉阪自身の設計姿勢」がそのような吉阪隆正像を導いているのだと思いました。

吉阪隆正の強い理念が終始伝わる、会場の熱の高まりが感じられる会となりました。
お忙しい中、貴重なお話をしてくださった斉藤祐子さん、そして参加者の皆様に心よりお礼申し上げます。

(稲門建築会事業委員会学生理事 藤井真麻)